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かにをかしうおぼされける。侍從もいとめやすき若人なりけり。これさへかゝるを殘りなう見るよと女君はいみじと思ふ。宮も「これは又誰ぞ。我が名もらすなよ」と口がため給ふをいとめでたしと思ひ聞えたり。こゝのやどもりにて住みけるもの、時方をしうと思ひてかしづきありけば、このおはします遣戶を隔てゝ所えがほに居たり。聲ひきしゞめかしこまりて物語しけるを、いらへも得せずをかしと思ひけり。「いと恐しく占ひたる物忌により、京の內をさへ去りて謹むなり。ほかの人よすな」といひたり。人目も絕えて心やすく語らひくらし給ふ。かの人のものし給へりけむに、かくて見えけむかしとおぼしやりて、いみじく怨み給ふ。二の宮をいとやんごとなくて、もち奉り給へる有樣なども語り給ふ。かの耳とゞめ給ひし一ことは、のたまひ出でぬぞにくきや。時方御てうづ御くだものなど、とりつきて參るを御覽じて、「いみじくかしづかるめるまらうどのぬし、きてな見えそや」といましめ給ふ。侍從色めかしきわかうどの心地に、いとをかしうと思ひて、この大夫とぞ物語してくらしける。雪の降り積れるに、我がすむ方を見やり給へば、霞のたえだえに木末ばかり見ゆ。山は鏡を懸けたるやうに、きらきらと夕日にかゞやきたるに、よべわけこし道のわりなきなど、哀おほうそへて語り給ふ。

 「峯の雪みぎはのこほりふみわけて君にぞまどふ道はまどはず」。木幡の里に馬はあれどなど、あやしき硯めし出でゝ手習し給ふ。

 「ふりみだれ汀にこほる雪よりもなかぞらにてぞ我はけぬべき」と書きけちたり。この中