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人も泣きぬばかりおそろしう、煩はしきことをさへ思ふ。しるべの內記は式部の少輔をなむかけたりける。いづ方もいづ方もことごとしかるべきつかさながら、いとつぎつぎしく引きあげなどしたる姿もをかしかりけり。かしこにはおはせむとありつれど、かゝる雪にはとうち解けたるに、夜更けて右近にせうそこしたり。あさましう哀と君も思へり。右近いかになりはて給ふべき御有樣にかと、かつは苦しけれど、こよひはつゝましさも忘れぬべし。いひかへさむ方もなければ、同じやうに睦ましくおぼいたる若き人の、心ざまあうなからぬを語らひて、「いみじくわりなきこと、同じ心にもてかくし給へ」といひてけり。諸共に入れ奉る。道の程にぬれ給へる御ぞのかの、所せう匂ふも、もてわづらひぬべけれど、かの人の御けはひに似せてなむ、もてまぎらはしける。夜の程に立ち歸り給はむも、なかなかなるべければ、こゝの人めもいとつゝましさに、時方にたばからせ給ひて、河よりをちなる人の家にゐておはせむとかまへたりければ、さきだてゝ遣したりける。夜ふくるほどに參れり。「いと能く用意して侍ふ」と申さす。こはいかにし給ふことにかと右近もいと心あわたゞしければ、ねおびれて起きたる心地もわなゝかれてあやしわらはべの雪遊びしたるけはひのやうにぞ、ふるひあがりける。いかでかなどもいひあへさせ給はず、かきいだきて出で給ひぬ。右近はこゝのうしろみにとゞまりて、侍從をぞ奉る。いとはかなげなるものとあけくれ見いだす。ちひさき船に乘り給ひて、さし渡り給ふほど、遙ならむ岸にしも漕ぎ離れたらむやうに心ぼそく覺えて、つとつきていだかれたるも、いとらうたしとおぼす。有明の月すみのぼりて、水のお