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れど、何かはかくながら身をかへたるやうに思ひ給へなしつゝ、させることなき限は聞えうけ給はらず、かなぶみ見給へるは目のいとまいりて、念佛もけだいするやうにやくなうてなむ御せうそこも奉らぬを、つてにうけ給はれば若君は春宮に參り給ひて男宮生れ給へるよしをなむ深く悅び申し侍る。その故は自らかくつきなき山伏の身に、今更にこの世のさかえを思ふにも侍らず。過ぎにし方の年比、心ぎたなく六時のつとめにも唯御事を心にかけてはちすの上の露の願ひをばさし置きてなむ念じ奉りし。我、おもと生れ給はむとせしをその年の二月のその夜の夢に見しやう、みづからすみの山を右の手に捧げたり、山の左右より月日の光さやかにさし出でゝ世をてらす、みづからは山のしもの蔭に隱れてその光にあたらず、山をば廣き海に浮べ置きて、小き船に乘りて西の方をさして漕ぎ行くとなむ見侍りし。夢さめてあしたより數ならぬ身に賴む所出できながら何事につけてかさるいかめしきことをば待ち出でむと心の中に思ひ侍りしを、そのころよりはらまれ給ひにしこなた、俗の方の書を見侍りしにも又內敎の心を尋ぬる中にも夢を信ずべき事多く侍りしかば賤しきふところのうちにも辱く思ひいたづき奉りしかど、力及ばぬ身に思ひ給へかねてなむ、かゝる道におもむき侍りにし。又この國のことにしづみ侍りて老の波更に立ち返らじと思ひとぢめて、この浦に年比侍りしほども若君を賴むことに思ひ聞え侍りしかばなむ心ひとつに多くのぐわんをたて侍りし。そのかへり申したひらかに思ひのごと時に逢ひ給ふ。若君國の母となり給ひて、願ひみち給はむ世に住吉の御社をはじめはたし申し給へ。更に何事をか疑ひ侍らむ。こ