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 「やどり木は色かはりぬる秋なれどむかしおぼえて澄める月かな」とふるめかしく書きたるを、はづかしくも哀にもおぼされて、

 「里の名もむかしながらに見し人のおもかはりせるねやの月かげ」。わざとかへりごとゝはなくてのたまふを、侍從なむ傅へけるとぞ。


浮舟

宮、猶かのほのかなりし夕をおぼし忘るゝ世なし。ことごとしきほどにはあるまじげなりしを、人がらのまめやかにをかしうもありしかなと、あだなる御心には口惜しくて止みにしことゝ妬うおぼさるゝまゝに、女君をもかうはかなきことゆゑ、あながちにかゝるすぢの物憎みし給ひけり。思はずに心うしと、はづかしめ怨み聞え給ふをりをりは、いと苦しうて、ありのまゝにや聞えてましとおぼせど、やんごとなきさまにはもてなし給はざなれど、あさはかならぬ方に心とゞめて人の隱し置き給へる人を、物いひさがなく聞え出でたらむにも、さて聞きすぐし給ふべき御心ざまにもあらざめり。侍ふ人の中にもはかなう物をもの給ひふれむとおぼし立ちぬるかぎりは、あるまじき里までも尋ねさせ給ふ御さまよからぬ本じやうなるに、さばかり月日を經ておぼししむめるあたりは、まして必ず見苦しき事取り出で給ひてむ。ほかより傳へ聞き給はむはいかゞはせむ、いづかたざまにもいとほしくこそはありと