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しく我ながら覺えて、いとなつかしくまさぐりつゝながめ給ふに、月さし出でぬ。宮の御きんの音のおどろおどろしくはあらで、いとをかしく哀に彈き給ひしはやとおぼし出でゝ、「昔誰も誰もおはせし世に、こゝに生ひ出で給へらましかば、今少し哀はまさりなまし。みこの御ありさまは、よその人だに哀に戀しくこそ思ひ出でられ給へ、などてさる所には年頃經給ひしぞ」とのたまへば、いと耻しくて、白き扇をまさぐりつゝ、添ひふしたるかたはらめ、いとくまなうしろうて、なまめいたるひたひ髮のひまなど、いとよく思ひ出でられて哀なり。まいてかやうのことはつきなからず、敎へなさばやとおぼして、「これは少しほのめい給ひたりや。あはれ我がつまといふことは、さりとも手ならし給ひけむ」など問ひ給ふ。「そのやまとことばだに、つきなくならひにければ、ましてこれは」といふ。いとかたはに心後れたりとは見えず。こゝにおきて、え思ふまゝにもこざらむことをおぼすが、今より苦しきは、なのめにはおぼさぬなるべし。きんは押しやりて、「楚王のたいのうへのよるのきんの聲」と、ずんじ給へるも、かの弓をのみひくあたりにならひて、いとめでたく思ふやうなりと、侍從も聞き居たりけり。さるは扇の色も、心おきつべきねやのいにしへをば知らねば、ひとへにめで聞ゆるぞ、後れたるなめるかし。ことこそあれ、怪しくもいひつるかなとおぼす。尼君の方よりくだものまゐれり、箱のふたに紅葉蔦など折りしきて、ゆゑなからず取りまぜてしきたるかみに、ふつゝかに書きたるもの、くまなき月にふと見ゆれば、目とゞめ給ふ程に、くだものいそぎにぞ見えける。