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わたりに家もあらなくになど口ずさびて、さとびたる簀子のはしつかたに居給へり。

 「さしとむるむぐらやしげきあづま屋のあまりほどふる雨ぞゝきかな」とうちはらひ給へるおひ風、いとかたはなるまで、あづまの里人も驚きぬべし。とざまかうざまに聞えのがれむ方なければ、南のひさしにおまし引きつくろひて入れ奉る。心やすくもたいめし給はぬを、これかれをしいでたり。遣戶といふものさして、いさゝかあけたれば、「飛驒のたくみもうらめしきへだてかな。かゝるものゝとには、まだゐならはず」と憂へ給ひて、いかゞし給ひけむ、入り給ひぬ。かの人がたの願ものたまはで、唯覺えなきものゝはざまより見しより、すゞろに戀しきこと、さるべきにやあらむ怪しきまでぞ、思ひ聞ゆるとぞ語らひ給ふべき。人のさまいとらうたげにおほどきたれば、見おとりもせず、いと哀とおぼしけり。程もなう明けぬる心地するに鳥などは鳴かで、おほぢ近き所におほどれたる聲して、いかにとか聞きも知らぬなのりをして打ち群れて行くなどぞ聞ゆる。かやうの朝ぼらけに見れば、ものいたゞきたるものゝ、鬼のやうなるぞかしと聞き給ふも、かゝる蓬のまろねに、ならひ給はぬ心地に、をかしうもありけり。とのゐびとも門あけて出づる音す。おのおの入りて臥しなどするを聞き給ひて、人召して車妻戶に寄せさせ給ふ。かき抱きて乘せ給ひつ。誰も誰もあやしう、あへなきことを思ひさわぎて、「なが月にもありけるを心うのわざや。いかにしつることぞ」と歎けば、尼君もいといとほしく、思のほかなることゞもなれど、「おのづからおぼすやうあらむ。うしろめたうな思ひ給ひそ。ながつきはあすこそせちぶと聞きしか」といひ慰む。今日