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でたしと見奉りしかど宮は思ひ離れ給ひて心もとまらず、あなづりて押し入り給へりけるを、思ふもねたし、この君はさすがに尋ねおぼす心ばへのありながら、うちつけにもいひかけ給はず、つれなし顏なるしもこそいたけれ、萬につけて思ひ出でらるれば若き人はましてかくや思ひ出で聞え給ふらむ、我がものにせむと、かくにくき人を思ひけむこそ見苦しき事なるべかりけれなど唯心にかゝりて眺めのみせられて、とてやかくてやと、よろづに善からむあらましごとを思ひつゞくるに、いとかたし。やんごとなき御身のほど御もてなし見奉り給へらむ人は今少しなのめならず、いかばかりにてかは心を留め給はむ、世の人の有樣を見聞くに、劣り優り賤しうあてなるしなに從ひてかたちも心もあるべきものなりけり、我が子どもを見るに、この君に似るべきやはある、少將をこの家の內に、又なきものに思へども、宮に見くらべ奉りしかば、いとも口惜しかりしに推し量らる、當代の御かしづきむすめを、え奉り給へらむ人の御めうつしには、いともいともはづかしく、つゝましかるべきものかなと思ふも、すゞろに心地もあくがれにけり。旅のやどりはつれづれにて、庭の草もいぶせき心地するに、いやしきあづまこゑしたるものどもばかりのみいでいり、慰めに見るべきせんざいの花もなし。打ちあばれて、はればれしからで明し暮すに、宮のうへの御有樣思ひ出づるに若い心地に戀しかりけり。あやにくだち給へりし人の御けはひも、さすがに思ひ出でられて、何事にかありけむ、いと多く哀げにのたまひしかな、名殘をかしかりし御うつりがも、まだ殘りたる心地して恐しかりしも思ひ出でらる。母君だつやと、いと哀げなる文をかきて