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ぬ世には、ありなまじきものにこそありけれ。みづからばかりは唯ひたぶるにしなじなしからず、人げなう、たゞさる方にはひこもりて過しつべし。この御ゆかりは心うしと思ひ聞えしあたりを、むつび聞ゆるに、びんなき事も出できなば、いと人わらへなるべし。あぢきなし、ことやうなりとも、こゝを人にも知らせず忍びておはせよ、おのづからともかくも仕う奉りてむ」と言ひ置きて、自らは歸りなむとす。君は打ち泣きて、世にあらむこと、所せげなる身と思ひくし給へるさま、いと哀なり。親はたまして、あたらしく惜しければ、つゝがなくて思ふごと見なさむと思ひ、さるかたはらいたき事につけて、人にもあはあはしく思はれいはれむが、安からぬなりけり。心地なくなどはあらぬ人の、なま腹立ちやすく、思ひのまゝにぞすこしありける。かの家にもかくろへてはすゑたりぬべけれど、しかかくろへたらむを、いとほしと思ひてかくあつかふに、年頃かたはら去らず明暮見ならひて、かたみに心ぼそく、わりなしと思へり。「こゝはまだかくあばれて、あやうげなる所なめり。さる心したまへ、ざうしざうしにあるものどもゝ召し出でゝ使ひ給へ、とのゐ人のことなどいひ置きて侍るも、いとうしろめたけれど、かしこに腹立ち怨みらるゝが、いと苦しければ」と、うち泣きてかへる。少將のあつかひを、かみは又なきものに思ひ急ぎて、もろごゝろにさま惡しく、いとなまずとゑんずるなりけり。いと心憂くこの人により、かゝるまぎれどもゝあるぞかしと、またなく思ふ方のことのかゝれば、つらく心うくて、をさをさ見いれず。かの宮のお前にて、いと人げなく見えしに、多く思ひおとしてければ、私物に思ひかしづかましをなど、思ひしこと