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ぎをして、片腹痛くぞおぼすらむといふも、たゞなるよりはいとほし。いと口惜しく心苦しきわざかな、大將の心留めたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしく思ひおとさむ、かくのみみだりがはしくおはする人は聞きにくゝじちならぬことをもくねりいひ、又誠に少し思はずならむことをも、さすがに見ゆるしつべうこそおはすめれ、この君はいはでうしと思はむこと、いと耻しげに心深きを、あいなく思ふこと添ひぬる人の上なめり、年頃見ず知らざりつる人のうへなれど、心ばへかたちを見れば、え思ひ放つまじうらうたく心苦しきに、世の中はありがたくむつかしげなる物かな、我が身の有樣はあかぬ事多かる心地すれどかく物はかなきめも見つべかりける身の、さははふれずなりにけるにこそ、げにめやすきなりけれ、今は唯このにくき心添ひ給へる人の、なだらかにて思ひはなれなば、更に何事も思ひ入れずなりなむと思ほす。いと多かるみぐしなれば、とみにもえほしやられず、起き居給へるもくるし。白き御ぞひとかさねばかりにておはする、細やかにてをかしげなり。この君は誠に心地も惡しくなりにたれど、めのと「いとかたはらいたし。ことしもあり顏におぼすらむを、唯おほどかにて見え奉り給へ。右近の君などには事のありさま初より語り侍らむ」と、責めてそゞのかしたてゝ、こなたの御さうじのもとにて、「右近の君に物聞えさせむ」といへば、立ちて出でたれば、「いと怪しく侍りつることのなごりに、身もあへなうなり給ひて、まめやかに苦しげに見えさせ給ふを、いとほしく見侍る。お前にて慰め聞えさせ給へとてなむ、あやまちもおはせぬ御身を、いとつゝましげに思ほし侘びにためるも、さすがにこ