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しきことにも侍るかな。右近はいかにか聞えさせむ。今參りて御前にこそは忍びて聞えさせめ」とてたつを、あさましくかたはに誰も誰も思へど、宮は怖ぢ給はず、あさましきまであてにをかしき人かな、猶なに人ならむ、右近がいひつる氣色も、いとおしなべての今まゐりにはあらざめりと、心えがたくおぼされて、といひかくいひ怨み給ふ。心づきなげに氣色ばみてももてなさねど、唯いみじう死ぬばかり思へるが、いとほしければ情ありてこしらへ給ふ。右近うへに「しかしかこそおはしませ。いとほしくいかに思ほすらむ」と聞ゆれば、「例の心憂き御さまかな。かの母もいかにあはあはしく、けしからぬさまに思ひ給はむとすらむ。うしろ安くと返すがへすいひ置きつるものを」と、いとほしくおぼせど、いかゞ聞えむ、侍ふ人々も少し若やかによろしきは見捨て給ふなく、怪しき人の御くせなれば、いかでかは思ひより給ひけむと、あさましきにものもいはれ給はず。「上達部あまた參り給ふ日にて、遊び戯ぶれ給ひては例もかゝる時は遲くも渡り給へば、皆打ち解けてやすみ給ふぞかし。さてもいかにすべきことぞ。かのめとこそおずまじかりけれ。つとそひてゐてまもり奉りひきもかなぐり奉りつべくこそ思ひたりつれ」と、少將とふたりしていとほしがる程に、內より人參りて、大宮この夕暮より御胸惱ませ給ふを、只今いみじく重く惱ませ給ふよし申さす。右近「心なきをりの御なやみかな、聞えさせむ」とて立つ。少將「いでや今はかひなくもあべいことを、をこがましく、あまりなおびやかし聞え給ひそ」といへば、「いなまだしかるべし」と、忍びてさゝめきかはすを、うへはいと聞きにくき人の御本じやうにこそあめれ、少し心あら