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へ給ひて「誰ぞ名のりこそゆかしけれ」とのたまふに、むくつけくなりぬ。さる物のつらに顏をほかざまにもてかくして、いといたう忍び給へれば、このたゞならずほのめかし給はむ大將にや、かうばしきけはひなども思ひわたさるゝに、いと耻しくせむかたなし。めのと人げの例ならぬを怪しと思ひて、あなたなる屛風を押しあけて來たり、「これはいかなる事にか侍らむ。怪しきわざにも侍るかな」と聞ゆれど、憚り給ふべき事にもあらず。かくうちつけなる御しわざなれど、言葉おほかる御本じやうなれば、なにやかやとのたまふに、暮れはてぬれど「誰と聞かざらむほどは許さじ」とて馴れ馴れしく臥し給ふに宮なりけりと思ひはつるに、めのといはむ方なくあきれて居たり。おほとなぶらは燈ろにて、今わたらせ給ひなむと人々いふなり。お前ならぬかたの御格子どもぞおろすなる。こなたは離れたる方にしなして高き棚厨子ひとよろひばかりたて、屛風の袋に入れ込めたる所々に寄せ掛け、何かのあらゝかなるさまにし放ちたり。かく人の物し給へばとて、通ふ道のさうじひとまばかりぞあけたるを、右近とて大輔が娘の侍ふ來て、格子おろしてこゝに寄りくなり。「あなくらや。まだおほとなぶらも參らざりけり。御格子を苦しきに急ぎまゐりてやみに惑ふよ」とて引き上ぐるに宮もなま苦しと聞き給ふ。めのとはたいと苦しと思ひて物包せず、はやりかにおぞき人にて「物聞え侍らむ。こゝにいと怪しきことの侍るに、見給へこうじてなむ。え動き侍らでなむ」、「何事ぞ」とさぐりよるに、袿姿なる男の、いとかうばしくて添ひ臥し給へるを例のけしからぬ御樣と思ひよりにけり。女の心合せ給ふまじきことと推し量らるれば「げにいと見苦