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おはしますめる。あたら人の御婿を、かう聞え給ふ程に思はし立ちなむこそよからめ。かの殿には、我も我も婿とり奉らむと所々侍るなれば、こゝにしぶしぶなる御けはひあらばほかざまにもおぼしなりなむ。これ唯うしろ安きことをとり申すなり」と、いと多くよげにいひつゞくるに、いとあさましく鄙びたるかみにて、打ちゑみつゝ聞き居たり。「この頃の御德などの、心もとなからむ事はなのたまひそ。なにがしいのち侍らん程は、いたゞきにも捧げ奉りてむ。心もとなく何を飽かぬとかおぼすべき。たとひあへずして仕うまつりさしつとも、のこりの寶物領じ侍る所々、ひとつにても又とり爭ふべき人なし。子ども多く侍れど、これはさまことに思ひそめたるものに侍り。唯まごゝろにおぼしかへりみさせ給はゞ、大臣の位をもとめむとおぼし願ひて世になき寶物をも盡さむとし給はむに、なきもの侍るまじ。たうじの帝しか惠み申し給ふなれば御後見は心もとなかるまじ。これかの御ためにも、なにがしがめのわらはのためにもさいはひとあるべき事にやとも知らず」と、よろしげにいふ時に、いとうれしくなりて妹にもかゝることありともかたらず、あなたにも寄りつかで、かみのいひつることをいともいともよげにめでたしと思ひて聞ゆれば、君少し鄙びてぞあるとは聞き給へど、にくからず打ち笑みて聞き居たまへり。大臣にならむ、ぞくらうを取らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことゝ耳とゞまりける。「さてかの北の方にはかくとものしつや。志ことに思ひ始め給ふらむに、引きたがへたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす人もあらむ。いさや」とおぼしたゆたひたるを、「何か北の方もかの姬君をばいとやむごとな