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る事もなくてなむ。いかでうしろ安くも見給へ置かむと明暮かなしく思ひ給ふるを、少將殿におき奉りては、故大將殿にも若くより參り仕うまつりき。家の子にて見奉りしにいときやうざくに仕うまつらまほしと心つきて思ひ聞えしかど、はるかなる所に打ち續きて過し侍る年頃の程に、うひうひしく覺え侍りてなむ、參りも仕うまつらぬを、かゝる御志の侍りけるを、返すがへすかしこまりながら仰のごと奉らむは易き事なれど、月頃の御心たがへたるやうに、この人思ひ給へむことをなむ思ひ給へ憚り侍る」といとこまやかにいふ。よろしげなめりとうれしく思ふ。「何かとおぼし憚るべきにも侍らず。かの御志は唯ひと所の御ゆるし侍らむを願ひおぼして、いはけなく年足らぬほどにおはすとも、しんじちの親のやんごとなく思ひおきて給へらむをこそほいかなふにはせめ。もはらさやうのほとりばみたらむふるまひすべきにもあらずとなむのたまひつる。人がらはいとやんごとなく、おぼえ心にくゝおはする君なりけり。若き君達とてすきずきしくあてびてもおはしまさず、世の有樣もいとよく知り給へり。領じ給ふ所々もいと多く侍り。まだころの御德なきやうなれど、おのづから人の御けはひのありけるやう、なほびとの限なき富といふめる勢ひには優り給へり。來年四位になり給ひなむ、こたびのとうは疑ひなく帝の御口づからごて給へるなり。よろづの事たらひてめやすき朝臣のめをなむ定めざなるはや、さるべき人えりて後見を設けよ、上達部にはわれしあれば、けふあすといふばかりになしあげてむとこそおほせらるなれ。何事もたゞこの君ぞ帝にも親しく仕うまつり給ふなる。御心はた、いみじうかうざくに重々しくなむ