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りぬべかめるを、人もあてなりや、これよりまさりてことごとしききはの人はた、かゝるあたりを、さはいへど尋ねよらじと思ひて、この御方に取りつぎて、さるべきをりをりはをかしきさまに返事などせさせ奉る。心ひとつに思ひまうけて、かみこそおろかに思ひなすとも我は命をも讓りてかしづきてむ、さまかたちのめでたきを見つきなば、さりともおろかになどはよも思ふ人あらじとおもひたちて八月ばかりと契りててうどをまうけ、はかなきあそびものをせさせても、さまことにやうをかしう蒔繪らでんのこまやかなる心ばへまさりて見ゆるものをばこの御方にと取りかくして、おとりのをこれなむよきとて見すれば、かみはよくしも見知らず、そこはかとなきものどもの、人のてうどといふ限は唯取り集めてならべすゑつゝ、めをはつかにさし出づるばかりにて、琴琵琶の師とて內敎坊のわたりより迎へとりつゝならはす。手ひとつひきとれば師を立ちゐをがみて喜び、祿を取らすること埋むばかりにてもてさわぐ。はやりかなるこくの物など敎へて、師とをかしき夕暮などに彈き合せて遊ぶ時は淚もつゝまずをこがましきまでさすがに物めでしたり。かゝる事どもを母君は少し物のゆゑしりて、いと見苦しと思へばことにあへしらはぬを、あこをば思ひおとし給へりと常に怨みけり。かくてかの少將契りし程を待ちつけて、同じくは疾くとせめければ我心ひとつにかう思ひいそぐもいとつゝましう、人の心の知りがたさを思ひて、初より傳へそめける人の來たるに近う呼び寄せて語らふ。「よろづ多く思ひ憚ることのあるを、月頃かうのたまひて程の經ぬるを、なみなみの人にも物し給はねば、かたじけなう心苦しうて、かう思ひ