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でももてなやまゝし。同じこと思はせてもありぬべき世を物にもまじらず哀にかたじけなくおひ出で給へば、あたらしく心苦しきものに思へり。むすめ多かりと聞きてなまきんだちめく人々もおとなひいふ、いとあまたありけり。初の腹の二三人は皆さまざまにくばりておとなびさせたり。今はわが姬君を思ふやうにて見奉らばやと明暮まもりてなでかしづくこと限なし。かみも賤しき人にはあらざりけり。上達部のすぢにて、なからひも物きたなき人ならず德いかめしうなどあれば、ほどほどにつけては思ひあがりて家の內もきらきらしく物淸げに住みなし、ことごのみしたる程よりは怪しうあらゝかに田舍びたる心ぞつきたりける。若うよりさるあづまの方の遙なる世界にうづもれて年經ければにや、聲などほどほどうちゆがみぬべく、物うちいふ少しだみたるやうにて、がうけのあたりおそろしく煩はしきものに憚りおぢ、すべていとまたくすきまなき心もあり、をかしきさまに琴笛の道はとほう、弓をなむいとよく引きける。なほなほしきあたりともいはず勢ひにひかされてよき若人どもつどひ、さうぞく有樣はえならず整へつゝ腰折れたる歌合物語庚申をし、まばゆく見苦しく遊びがちにこのめるを、この懸想の君達らうらうしくこそあるべけれ。かたちなむいみじかなるなど、をかしきかたにいひなして心を盡しあへる中に、左近少將とて年廿二三ばかりのほどにて心ばせしめやかに、ざえありといふかたは人に許されたれど、きらきらしう今めいてなどは、えあらぬにや、通ひし所なども絕えていとねんごろにいひわたりけり。この母君あまたかゝることいふ人々の中にこの君は人がらもめやすかなり。心定りて物思ひ知