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へど北面になむ」といはせ給ふ。御供の人も皆狩衣姿にてことことしからぬ姿どもなれど猶けはひやしるからむ、煩はしげに思ひて、皆馬どもひきさげなどしつゝかしこまりつゝぞをる。車は入れて廊の西のつまにぞよする。この寢殿はまだあらはにて簾垂もかけず、おろし籠めたる中の二まに立て隔てたるさうじの穴より覗き給ふ。御ぞの鳴れば、ぬぎおきてなほし指貫のかぎりを着てぞおはする。とみにもおりで尼君にせうそこして、かくやんごとなげなる人のおはするをたれぞなどあないするなるべし。君は車をそれと聞き給へるより、ゆめその人にまろありとの給ふなと、まづ口がためさせ給ひてければ皆さ心得て、「はやおりさせ給へ。まらうどはものし給へどこと方になむ」といはせたり。若き人のある、まづおりて簾垂うちあぐめり。御前どものさまよりはこのおもとなれてめやすし。又おとなびたる人今一人おりて、「早う」といふに、「怪しくあらはなる心ちこそすれ」といふ聲、ほのかなれどいとあてやかに聞ゆ。「例の御ことこなたはさきざきもおろしこめてのみこそは侍るめれ。さては又いづくのあらはなるべきぞ」と心をやりていふ。つゝましげにおるゝを見ればまづかしらつきやうだいほそやかに、あてなる程はいとよう物思ひ出でられぬべし。扇をつとさしかくしたれば顏は見えぬ程心もとなくて胸打ち潰れつゝ見給ふ。車はたかく、おるゝ所はくだりたるをこの人々は安らかにおりなしつれど、いと苦しげにやゝ見て久しくおりてゐざり入る。濃きうちきに瞿麥とおぼしき細長、わかなへ色の小うちき着たり。四尺の屛風をこのさうじにそへて建てたるが、かみより見ゆる穴なれば殘るべくもあらず。こなたをばうしろめ