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もあらぬまじらひ、いとゞ思のほかなるものにこそと、世を思ひ給へ亂るゝことのみなむまさりにたる」と、あいだちなくぞ憂へ給ふ。「いとあるまじき御ことかな。人もこそおのづからほのかにも漏り聞き侍れ」などはのたまへど、かばかりめでたげなる事どもにもなぐさまず忘れがたう覺え給ふらむ心深さよと哀に思ひ聞え給ふに、おろかにもあらず思ひ知られたまふ。おはせましかばと口惜しう思ひ出で聞え給へど、それもわが有樣のやうにうらやみなく身を怨むべかりけるかし、何事も數ならでは世の人めかしきこともあるまじかりけりと覺ゆるにぞ、いとゞかの打ち解けはてゝやみなむと思ひ給へりし御心おきては猶殊に重々しう思ひ出でられ給ふ。若君をせちにゆかしがり聞え給へば、恥しけれど何かはへだて顏にもあらむ、わりなきことひとつにつけて怨みらるゝよりほかにはいかでこの人の御心にたがはじとおぼして、自らはともかくもいらへ聞え給はで、めのとしてさしいでさせ給へり。さらなることなれば、にくげならむやは。ゆゝしきまで白く美くしうて、たかやかに物語し、うちゑみ給へる顏を見るに我がものにて見まほしう、うらやましきも世の思ひはなれがたくなりぬるにやあらむ。されどいふかひなくなり給ひにし人の世の常の有樣にてかやうならむ人をもとゞめおき給へらましかばとのみ覺えて、この頃おもだゝしげなる御あたりに、いつしかなどは思ひよらぬこそあまりすべなき君の御心なめれ。かくめゝしくねぢけて、まねびなすこそいとほしけれ。志かわろびかたほならむ人を帝のとりわきせちに近づけてむつび給ふべきにもあらじものを、まことしきかたざまの御心おきてなどこそはめやすくものし給ひけ