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いと嬉しきことにおぼして、おはします寢殿を讓り聞え給ふべくのたまへど、いとかたじけなからむとて御ねんず堂のあはひに廊をつゞけて造らせ給ふ。西おもてにうつろひ給ふべきなめり。ひんがしの對どもなども燒けて後、麗しくあたらしくあらまほしきをいよいよ磨きそへつゝこまかにしつらはせ給ふ。かゝる御心づかひを內にも聞し召して程なく打ち解けうつろひ給はむをいかゞとおぼしたり。帝ときこゆれど心のやみは同じことになむおはしましける。母宮の御許に御使ありける御文にも唯この御事をのみなむ聞えさせ給へりける。故朱雀院のとりわきてこの尼君の御ことをば聞え置かせ給ひしかば、かく世をそむき給へれどおとろへず何事ももとのまゝに、奏せさせ給ふことなどは必ず聞し召しいれ、御用意深かりけり。かくやんごとなき御心どもに、かたみに限りもなくもてかしづきさわがれ給ふおもだゝしさも、いかなるにかあらむ、心のうちには殊に嬉しくも覺えず、猶ともすれば、うちながめつゝ宇治の寺造ることをば急がせ給ふ。宮の若君のいかになり給ふ日、かぞへとり給ひて、そのもちひのいそぎを心に入れて、こものひわりごなどまでみいれつゝ、よのつねのなべてにはあらずとおぼし心ざして、ぢん、紫檀、しろがね、こがねなど道々の細工どもいと多く召し侍はせ給へば、我劣らじとさまざまの事どもをしいづめり。みづからも例の宮のおはしまさぬひまにおはしたり。心のなしにやあらむ、今少しおもおもしく、やんごとなげなる氣色さへ添ひにたりと見ゆ。今はさりともむつかしかりしすゞろごとなどは思ひまぎれ給ひにたらむと心安くてたいめし給へり。されどありしながらの氣色にまづ淚ぐみて「心に