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なるひともとにかあらむ。いと見所ありてうつろひたるをとりわきて折らせ給ひて、「花の中にひとへに」とずじ給ひて、「なにがしのみこの、この花めでたる夕ぞかし、いにしへ天人のかけりて琵琶の手敎へけるは。何事も淺くなりにたる世は物うしや」とて御琴さしおき給ふを、口惜しとおぼして、「心こそ淺くもあらめ、昔を傳へたらむことさへはなどてかさしも」とて、覺束なき手などをゆかしげにおぼいたれば「さらばひとりごとはさうざうしきにさしいらへし給へかし」とて人召して箏の御琴とりよせさせて彈かせたてまつり給へど「昔こそまねぶ人ものし給ひしかど、はかばかしう聞きもとめずなりにしものを」とてつゝましげにて手もふれ給はねば、「かばかりのことも隔て給へるこそ心うけれ。この頃見るあたりは、まだいと心とくべきほどにもあらねど、かたなりなるうひことをもかくさずこそあれ。すべて女はやはらかに心美くしきなむよきこととこそその中納言も定むめりしか。かの君にはたかうもつゝみ給はじ、こよなき御中なめれば」などまめやかにうらみられてぞうち歎きて少ししらべ給ふ。ゆるびたりければ、ばんしき調にあはせ給ふ。かきあはせなど、つまおとをかしう聞ゆ。伊勢の海謠ひ給ふ御聲のあてにをかしきを女ばら物のうしろに近づき參りて、ゑみひろごりてゐたり。「ふたごゝろおはしますはつらけれど、それもことわりなれば猶わがお前をばさいはひびとゝこそ申さめ。かゝる御ありさまにまじらひ給ふべくもあらざりし年頃の御住まひを又歸りなまほしげにおぼしてのたまはするこそいと心うけれ」など、たゞいひにいへば、若き人々は、「あなかまや」と制す。御ことども敎へ奉りなどしつゝ、三四日籠りお