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ちにかくのたまふをわりなしとおぼしてうち怨じて居給へる御さま、萬の罪も許しつべくをかし。「返事書いたまへ。見じや」とてほかざまにそむき給へり。あまえて書かざらむも怪しければ、「山里の御ありきの羡しくも侍るかな。かしこはげにさやうにてこそよくと思ひ給へしを、殊更に又いはほの中もとめむよりは、あらしはつまじう思ひ侍るを、いかにもさるべきさまになさせ給はゞおろかならずなむ」と聞え給ふ。かうにくき氣色もなき御むつびなめりと見給ひながら我が御心ならひに、たゞならじとおぼすが安からぬなるべし。かれがれなる前栽の中に尾花のものよりことに手をさし出でゝ招くがをかしう見ゆるに、またほに出でさしたるも露をつらぬきとむる玉の緖はかなげにうちなびきなど、例のことなれど夕風なほ哀なりかし。

 「ほにいでぬもの思ふらししのずゝき招くたもとの露しげくして」。なつかしきほどの御ぞどもに直衣ばかり着たまひて琵琶を彈きゐたまへり。わうしき調のかきあはせをいと哀にひきなし給へば、女君も心に入り給へることにて物ゑんじもえしはて給はず、ちひさき御几帳のつまより脇息によりかゝりて、ほのかにさしいで給へるいと見まほしくらうたげなり。

 「秋はつるのべの氣色もしのずゝきほのめく風につけてこそしれ。我が身ひとつの」とて淚ぐまるゝがさすがに恥しければ扇をまぎらはしておはする心の中もらうたくおしはからるれど、かゝるにこそ人もえ思ひはなたざらめと疑はしきがたゞならでうらめしきなめり。菊のまだよくもうつろひはてゞ、わざとつくろひたてさせ給へるはなかなかおそきに、いか