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心にまかせてさもえせじ。所のさまもあまりに川づら近くけしようにもあれば猶寢殿をうしなひてことざまにも造りかへむの心にてなむ」とのたまへば「とざまかうざまにいともかしこうたふとき御心なり。むかし、別を悲みてかばねをつゝみてあまたの年くびにかけて侍りける人も佛の御はうべんにて、かのかばねの囊を捨てゝ遂にひじりの道にも入り侍りにける。この寢殿を御覽ずるにつけて御心動きおはしますらむ。ひとへにたいだいしき御事なり。又後の世の御すゝめともなるべきことに侍りけり。急ぎ仕うまつらすべし。こよみの博士のえらび申して侍らむ日をうけ給はりて物のゆゑしりたらむたくみ二三人をたまはりてこまかなることゞもは佛の御敎のまゝに仕うまつらせ侍らむ」と申す。とかくのたまひ定めて、みさうの人ども召して、このほどのことゞも阿闍梨のいはむまゝにすべきよしなど仰せ給ふに、はかなく暮れぬればその夜はとゞまり給ひぬ。この度ばかりこそは見めとおぼして、たちめぐりつゝ見給へば、佛も皆かの寺に移してければ尼君のおこなひの具のみあり。いとはかなげに住まひたるを哀にいかにしてすぐすらむと見給ふ。「この寢殿はかへて建つべきやうあり。造り出でむほどはかの廊に物し給へ。京の宮にとり渡さるべきものなどあらば、みさうの人召してあるべからむやうに物し給へ」など、まめやかなることゞもを語らひ給ふ。ほかにてはかばかりさだすぎたらむ人を何かと見入れ給ふべきにもあらねど、よるも近くふせて昔物語などせさせ給ふ。故權大納言の君の御有樣も聞く人なきに心安くていとこまやかに聞ゆ。「今はとなり給ひしほどに珍しくおはしますらむ御有樣をいぶかしきもの