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うるさき心を、いかではなつわざもがなと思ひ給へると見るはつらけれど、さすがにあはれなり。あるまじきことゝは深く思ひ給へるものから、けしようにはしたなきさまにはえもてなし給はぬも見知り給へるにこそはと思ふ心時めきに夜もいたう更け行くを、內には人めいとかたはらいたく覺え給ひて、うちたゆめて入り給ひぬれば男君ことわりとは返すがへす思へど、猶いとうらめしう口惜しきに、思ひしづめむ方もなき心ちして淚のこぼるゝも人わろければ、よろづに思ひみだるれど、ひたぶるにあさはかならむもてなしはた猶いとうたて我がためもあいなかるべければ、念じかへして常よりもなげきがちにて出で給ひぬ。かくのみ思ひてはいかゞすべからむ、苦しうもあべいかな、いかにしてかは大かたの世のもどきあるまじきさまにて、さすがに思ふ心のかなふわざをばすべからむなど、おりたちれんじたる心ならねばにや、我がため人のためも心安かるまじきことをわりなくおぼしあかす。似たりとのたまひつる人をも、いかでかは誠かとは見るべき、さばかりのきはなれば思ひよらむにかたうはあらずとも人のほいにもあらずは、うるさくこそあるべけれなど、猶そなたざまには心もたゝず、宇治の宮を久しう見給はぬ時はいとゞ昔遠くなる心ちして、すゞろに心ぼそければ、ながつきはつかあまりのほどにおはしたり。いとゞしく風のみ吹き拂ひて心すごうあらましげなる水の音のみやどもりにて人かげもことに見えず。見るにまづかきくらし悲しきことぞかぎりなき。辨の尼召し出でたれば、さうじ口に靑にびの几帳さし出でゝ參れり。「いとかしこけれど、ましていと恐しげに待れば、つゝましくなむ」とまほには出でこず。