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に、うたてけちえんならむも又いかゞとつゝましければ、物うながら少しゐざり出でゝたいめし給へり。いとほのかに、時々もののたまふ御けはひの昔の人のなやみそめ給へりしころ、まづ思ひ出でらるゝもゆゝしう悲しうてかきくらす心ちし給へば、とみに物もいはれず、ためらひつゝぞ聞え給ふ。こよなくおくまり給へるもいとつらくて、すのしたより几帳を少しおし入れて例のなれなれしげに近づきより給ふがいと苦しければ、わりなしとおぼして少將の君といふ人を近う召しよせて、「胸なむいたき。しばしおさへて」とのたまふを聞き給ひて、「胸はおさへたるいと苦しう侍るものを」と打ち歎きてゐなほり給ふ程も、げにぞしたやすからぬ。「いかなればかくしも常に惱しうはおぼさるらむ。人に問ひ侍りしかば、しばしこそ心ちもあしかなれさて又よろしきをりありなどこそ敎へ侍りしか。あまりわかわかしくもてなさせ給ふなめりかし」とのたまふに、いとはづかしうて、「胸はいつともなくかくこそは侍れ。昔の人もさこそはものし給ひしか。長かるまじき人のするわざとか人もいひ侍るめる」とぞのたまふ。げに誰もちとせの松ならぬよをと思ふには、いと心苦しう哀なれば、この召しよせたる人のきかむもつゝまれず、かたはらいたきすぢのことをこそえりとゞむれ。昔より思ひ聞ゆるさまなどをかの御みゝひとつには心得させながら人は又かたはにも聞くまじきさまに、よくめやすくぞいひなし給ふを、げに有難き御心ばへにもと聞き居たりけり。何事につけても故君の御事をぞ盡せず思ひ給へる。「いはけなかりしほどより世の中を思ひ離れて止みぬべき心づかひをのみならひ侍りしを、さるべきにや侍りけむ、うと