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宮の御心ばへ思はずに淺うおはしけりとおぼしく、かつはいひもうとめ又なぐさめもかたがたにしづしづと聞え給ひつゝおはす。女君は、人の御うらめしさなどは打ち出で語らひ聞え給ふべき事にもあらねば、唯世やは憂きなどやうに思はせてことずくなに紛はしつゝ、山里にあからさまに渡し給へとおぼしくいとねんごろに思ひてのたまふ。「それはしも心ひとつにまかせてはえ仕うまつるまじきことに侍るなり。猶宮に唯心美くしう聞させ給ひてその御けしきにしたがひてなむよく侍るべき。さらずは少しもたがひめありて心輕くもなどおぼしものせむにいとあしう侍りなむ。さだにあるまじうは道のほどの御おくりむかへもおりたちて仕うまつらむに何の憚りかは侍らむ。うしろやすく人に似ぬ心の程は宮も皆知らせ給へり」などはいひながら、をりをりは過ぎにし方のくやしきを忘るゝをりなく、物にもがなやと、とりかへさまほしきさまなどほのめかしつゝ、やうやう暗うなり行くまでおはするにいとうるさく覺えて、「さらば心ちも惱ましくのみ侍るを、又よろしく思ひ給へらむほどになにごとも」とて入り給ひぬるけしきなるが、いと口惜しければ、「さてもいつばかりにおぼしたつべきにか。いとしげう侍りし道の草も少しうち拂はせ侍らむかし」と心とりに聞え給へば、暫し入りさして、「この月は過ぎぬべかめればついたちのほどにもとこそは思ひ侍れ。唯いと忍びてこそよからめ。何か世のゆるしなどことごとしうは」とのたまふ聲の、いみじうらうたげなるかなと常よりも昔思ひ出でらるゝにえつゝみあへでよりゐ給へる柱のもとのすだれのしたより、やをらおよびて御袖をひかへつ。女、さりやあな心うと思ふに、