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渡り給へる。人知れず思ふ心しそひたれば、あいなく心づかひいたうせられて、なよゝかなる御ぞどもをいとゞ匂はしそへ給へるはあまりおどろおどろしきまであるにちやうじぞめの扇もてならし給へるうつりがなどさへたとへむ方なくめでたし。女君もあやしかりし夜のことなど思ひ出で給ふ折々なきにしもあらねば、まめやかに哀なる御心ばへの人に似ず物し給ふを見るにつけて、さてもあらましをとばかりは思ひもやし給ふらむ、いはけなき程にしおはせねば、うらめしき人の御有樣を思ひくらぶるには何事もいとゞこよなく思ひ知られ給ふにや、常にはへだて多かるもいとほしく物思ひ知らぬさまに思ひ給ふらむなど思ひ給ひて、今日はみすの內に入れ奉り給ひてもやのみすに几帳そへて我は少しひきいりてたいめし給へり。「わざと召しとはべらざりしかど例ならず許させ給へりしよろこびにすなはちも參らまほしく侍りしを、宮渡らせ給ふと承りしかば折惡しくやはとてけふになし侍りにける。さは年頃のしるしもやうやうあらはれ侍るにや。隔少しうすらぎ侍りにける御簾のうちよ。珍しく侍るわざかな」とのたまふに、猶いとはづかしくいひ出でむ言の葉もなき心ちすれど、「一日嬉しく聞き侍りし心の中を、例の唯むすぼゝれながら過し侍りなば思ひ知るかたはしをだにいかでかはと口惜しさに」といとつゝましげにのみのたまふが、いたくしぞきてたえだえほのかに聞ゆれば心もとなくて、「いと遠くも侍るかな。まめやかに聞えさせ承らまほしき世の物語も侍るものを」とのたまへば、げにとおぼして少しみじろきより給ふけはひを聞き給ふにもふと胸うちつぶるれど、さりげなくいとゞしづめたるさまして