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とみにも出で給はず、北の方の御はらからの左衞門督藤宰相などばかり物し給ふ。辛うじて出で給へる御さまいと見るかひある心ちす。あるじの頭中將御盃さゝげて御臺まゐる。つぎつぎの御かはらけ、二たび三たびまゐり給ふ。源中納言のいたうすゝめ給へるに宮少しほゝゑみ給へり。わづらはしきわたりをとふさはしからず思ひていひしをおぼし出づるなめり。されど見知らぬやうにていとまめなり。ひんがしのたいに出で給ひて御供の人々もてはやし給ふ。おぼえある殿上人どもいとおほかり。四位六人は女のさうぞくにほそながそへて、五位十人はみへがさねのからぎぬ、もの腰も皆けぢめあるべし。六位四人は綾のほそなが、袴などかつは限あることを飽かずおぼしければ、物の色しざまなどをぞ淸らをつくし給へりける。めしつぎとねりなどの中にみだりがはしきまでいかめしうなむありける。げにかくにぎはゝしう華やかなることは、見るかひあれば物語などにもまづいひたてたるにやあらむ。されどくはしうはえぞ算へたてざりけるとや。中納言殿のごぜんの中に、なまおぼえあざやかならぬや暗きまぎれに立ちまじりたりけむ。かへりてうち歎きて、「わが殿のなどかおいらかにこの殿の御婿にうちならせ給ふまじき。あぢきなき御ひとりずみなりや」と中門のもとにてつぶやきけるを聞きつけ給ひてをかしとなむおぼしける。夜の更けてねぶたきに、かのもてかしづかれける人々は心地よげにゑひみだれてよりふしぬらむかしと、うらやましきなめりかし。君は入りて臥し給ひて、はしたなげなるわざかな、ことごとしげなるさましたる親の出でゐて離れぬなからひなれど、これかれ火あかうかゝげてすゝめ聞ゆる盃など