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  女郞花しをれぞまさるあさ露のいかに置きけるなごりなるらむ」。あでやかにをかしう書き給へり。「かごとがましげなるもわづらはしや。誠は心安くてしばしはあらむと思ふ世を、思のほかにもあるかな」などはのたまへど又二つなくてさるべきものに思ひならひたるたゞ人の中こそかやうなることのうらめしさなども見る人苦しくはあれ、思へばこれはいとかたし、つひにかゝるべき御事なり。宮達と聞ゆる中にもすぢことに世の人思ひ聞えたれば、いくたりもいくたりもえ給はむことももどきあるまじければ、人もこの御方をいとほしなど思ひたらぬなるべし、かばかりものものしくかしづきすゑ給ひて、心苦しきかたおろかならずおぼしたるをぞさいはひおはしけるときこゆる、みづからの心にも、あまりにならはし給ひて、俄にはしたなかるべきがなげかしきなめり、かゝる道をいかなれば淺からず人の思ふらむと、昔物語などを見るにも人の上などにてもあやしう聞き思ひしはげにおろかなるまじきわざなりけりと、わが身になしてぞ何事も思ひ知られ給ひける。宮は常よりも哀にうち解けたるさまにもてなし給ひて、「むげに物參らざなるこそいとあしけれ」などのたまひて、よしある御くだもの召しよせ、又さるべき人めして殊更にてうぜさせ給ひなどしつゝそゝのかし聞え給へどいとはるかにのみおぼしたれば「見苦しきわざかな」と歎き聞え給ふに、暮れぬれば夕つ方寢殿へ渡り給ひぬ。風凉しくおほかたの空をかしき頃なるに、今めかしきにすゝみ給へる御心なれば、いとゞしくえんなるに、物おもはしき人の御心の中はよろづに忍びがたき事のみぞ多かりける。ひぐらしの鳴く聲にも山の陰のみ戀しくて、