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て隱されぬにや、こぼれそめてはとみにもえためらひ給はぬを、いと恥しく侘しと思ひていたくそむき給へば、しひてひきむけ給ひつゝ、「聞ゆるまゝに哀なる御有樣と見つるを、猶隔てたる御心こそ物し給ひけれな。さらずば夜の程におぼしかはりにたるか」とてわが御袖して淚をのごひ給へば、「夜のまの心がはりこそのたまふにつけて推しはかられ侍りぬれ」とて少しほゝゑみぬ。げにあが君や、をさなの御物いひや。されど誠には心にくまのなければいと心やすし。いみじうことえりして聞ゆともいとしるかるべきわざぞ。むげに世のことわりを知り給はぬこそらうたきものからわりなけれ。よしわが御身になしても思ひめぐらし給へ。身を心ともせぬ有樣なりかし。若し思ふやうなる世もあらば人にまさりける志の程も知らせ奉るべきひとふしなむある。たはやすくこといづべきことにもあらねば命のみこそ」などのたまふほどに、かしこに奉り給へる御使、いといたうゑひすぎにければ少し憚るべきことも忘れて、けざやかにこの南おもてに參れり。あまの苅るめづらしきたまもにかづきうづもれたるを、さなめりと人々見る。いつの程に急ぎ書き給ひつらむと見るも安からずはありけむかし。客もあながちにかくすべきにはあらねど、さしぐみは猶いとほしきを少しの用意はあれかしとなまかたはらいたけれど、いまはかひなければ女房して御文とり入れさせ給ふ。同じくは隔なきさまにもてなしはてゝむとおぼしてひきあげ給へるに、まゝはゝの宮の御手なめりと見ゆれば今少し心安くてうち置き給へり。せんじがきにてもうしろめたのわざや。「さかしらはかたはらいたさにそゝのかし侍れど、いとなやましげにてなむ。