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のとも思ひ知らざりしに、打ち續きあさましき御事どもを思ひし程は世に又とまりて片時ふべくもおぼえず戀しう悲しきことのたぐひあらじと思ひしを、命長くて今までもながらふれば人の思ひたりし程よりは人かずにもなるやうなる有樣を長かるべきことゝは思はねど、見るかぎりはにくげなき御心ばへもてなしなるに、やうやう思ふこと薄らぎてありへつるを、このふしの身のうさはたいはむかたなく限と覺ゆるわざなりけり。ひたすら世になくなり給ひにし人々よりはさりともこれは時々もなどかはとも思ふべきを、今宵かく見捨てゝ出で給ふつらさにきしかた行くさき皆かきみだり心細くいみじきが我が心ながら思ひやるかたなく心憂くもあるかな、おのづからながらへばなど慰めむことをおもふに、更に姨捨山の月のみすみのぼりて夜更くるまゝによろづ思ひ亂れたまふ。松風の吹きくる音も、あらましかりし山おろしに思ひくらぶればいとのどかに懷かしうめやすき御住まひなれど、今宵はさもおぼえず、椎の葉のおとには劣りておぼゆ。

 「山里のまつのかげにもかくばかり身にしむあきの風はなかりき。きしかたは忘れにけるにやあらむ」。おいびとどもなど「今はいらせ給ひね。月見るは忌み侍るものを。あさましうはかなき御くだものをだに御覽じ入れねばいかならせ給はむ。あな見苦しや。ゆゝしう思ひ出でらるゝことも侍るを、いとこそわりなけれ」などいふ。若き人々は「心うの世や」とうち歎きて「この御ことよ、さりともかくておろかにはよもなりはて給はじ。さいへど、もとの志深う思ひそめたる中は名殘なからぬものぞ」などいひあへるもさまざまに聞にくゝ、今は