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かし、はらからといふ中にも限なく思ひかはし給へりしものを今はとなり給ひにしはてにもとまらむ人を同じことゝ思へとて萬は思はずなることもなし、唯かの思ひおきてしさまをたがへ給へるのみなむ、口惜しううらめしきふしにてこの世には殘りぬべきとのたまひしものを、あまがけりてもかやうなるにつけてはいとゞつらしとや見給ふらむなど、つくづくと人やりならぬひとりねし給ふよなよなは、はかなき風の音にもめのみさめつゝきしかた行くさきの人の上さへあぢきなき世を思ひめぐらし給ふ。なげのすさみに物をもいひふれけぢかくつかひならし給ふ人々の中には、おのづからにくからずおぼさるゝもありぬべけれど、誠には心とまるもなきこそさはやかなれ、さるはかの君達のほどに劣るまじききはの人々も、時世に隨ひつゝ衰へて心細げなる住まひするなどを尋ねとりつゝあらせなどいと多かれど、今はと世を背きはなれむ時この人こそとりたてゝ心とまるほだしになるばかりのことはなくて過ぐしてむと思ふ心づかひ深かりしを、いでさもわろくわが心ながらねぢけてもあるかななど、常よりもやがてまどろまず明し給へるあしたに、霧のまがきより花のいろいろおもしろく見えわたる中に、朝顏のはかなげにてまじりたるを猶殊にめとまる心ちし給ふ。あくるまさきてとか常なき世にもなずらふるが心苦しきなめりかし。格子もあげながらいとかりそめにうち臥しつゝ明し給へば、この花の開くる程をも唯一人のみぞ見給ひける。人召して、「北の院に參らむに、ことごとしからぬ車さしいださせよ」とのたまへば「宮は昨日よりうちになむおはしますなる。よべ御車ゐてかへり侍りにき」と申す。「さ