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としたゝかに物し給ふわたりにてゆるびなく聞えまつはし給はゞ月頃もさもならひ給はで待つ夜おほく過し給はむこそ哀なるべけれなど思ひよるにつけても、あいなしや、我が心よ何しにゆづり聞えけむ、昔の人に心をしめてし後大方の世をも思ひ離れて住みはてたりしかたの心も濁りそめしかば、唯かの御事をのみとざまかうざまには思ひながらさすがに人の心許されであらむことは始より思ひしほいなかるべしと憚りつゝ、唯いかにして少しも哀と思はれてうち解け給へらむ氣色をも見むと行くさきのあらましごとのみ思ひ續けしに、人は心にもあらずもてなしてさすがに一かたにてもえさし放つまじう思ひ給へるなぐさめに、同じ身ぞといひなしてほいならぬかたにおもむけ給ひしが妬くうらめしかりしかば、まづその心おきてをたがへむとて急ぎせしわざぞかしなど、あながちにめゝしう物ぐるほしくゐてありきたばかり聞えしほど思ひ出づるもいとけしからざりける心かなと返す返すぞくやしき、宮もさりともその程の有樣思ひ出で給はゞわが聞かむ所をも少しは憚り給はじやと思ふに、いでや今はそのをりのことなどかけてものたまひ出でざめりかし。猶あだなるかたに進み移りやすなる人は、女のためのみにもあらず、たのもしげなくかるがるしきこともありぬべきなめりかしなどにくゝ思ひ聞え給ふ。わが誠にあまりひとかたにしみたる心ならひに人はいとこよなくもどかしく見ゆるなるべし、かの人をむなしう見奉りなしてし後おもふには、帝の御むすめをたまはむとおぼしおきつるも嬉しくもあらず、この君をえましかばとおぼゆる心の月日にそへてまさるも唯かの御ゆかりと思ふに思ひ離れがたきぞ