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 「世のつねの垣根ににほふ花ならば心のまゝに折りて見ましを」と奏し給へる、用意あさからず見ゆ。

 「霜にあへず枯れにし園の菊なれど殘の色はあせずもあるかな」とのたまはす。かやうに折々ほのめかさせ給ふ御氣色を人づてならずうけ給はりながら例の心のくせなればいそがしくしも覺えず。いでや本意にもあらずさまざまにいとほしき人々の御ことゞもをもよく聞き過ぐしつゝ年經ぬるを今さらにひじりやうのものゝ世にかへり出でむ心ちすべきことゝ思ふもかつはあやしや。殊更に心を盡す人だにこそあなれとは思ひながら、后腹におはせばしもと覺ゆる心のうちぞあまりおほけなかりける。かゝる事を左大臣殿ほの聞き給ひて、六の君はさりともこの君にこそはしぶしぶなりともまめやかに恨みよらば遂にはえいなびはてじとおぼしつるを、思のほかなる事出できぬべかめりと妬くおぼされければ、兵部卿の宮はた、わざとにはあらねど折々につけつゝをかしきさまに聞え給ふ事絕えざりければ、さばれなほざりの御すきにはありともさるべきにて御心とまるやうもなどかなからむ、水もるまじく思ひ定むとてもなほなほしききはにくだらむはたいと人わろく飽かぬこゝちすべしなどおぼしなりにたり。「女ごうしろめたげなる世の末にてみかどだに婿もとめ給ふめる世にましてたゞ人のさかりすぎむもあいなし」などそしらはしげにのたまひて、中宮にもまめやかに恨み申し給ふこと度かさなりければ、きこしめし煩ひて「いとほしくかくおふなおふな思ひ心ざして年へたまひぬるをあやにくに遁れ聞え給はむもなさけなきやうならむ。