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てはながらへ給ふめれ、さらずば御心より外なる事ども出できておのづから人にかろめられ給ふこともやあらましなどおぼしつゞけて、ともかくも御覽ずる世にや思ひ定めましとおぼしよるには、やがてその序のまゝにこの中納言より外によろしかるべき人またなかりけり。宮逹の御傍にさし並べたらむに何事もめざましくはあらじを、もとより思ふ人もたりとて聞きにくき事などうちまずまじうはたあめるを、遂にはさやうの事なくてしもえあらじ、さらぬさきにさもやほのめかしてましなど折々おぼしめしけり。御碁などうたせ給ふ。暮れ行くまゝに時雨をかしき程に花の色も夕ばえしたるを御覽じて、人めして「唯今殿上に誰々か」と問はせ給ふに「中務のみこ、かんづけのみこ、中納言源の朝臣さぶらふ」と奏す。「中納言の朝臣こなたに」と仰せごとありて、參り給へり。げにかく取りわきて召し出づるもかひありて遠く薰れる匂ひより始め人に異なるさまし給へり。「今日のしぐれ常より殊に長閑なるを、遊などすさまじき方にていとつれづれなるを、いたづらに日を送るたはぶれにてもこれなむよかるべき」とて碁盤召し出でゝ御碁のかたきに召しよす。いつもかやうにけ近くならしまつはし給ふにならひたれば、さにこそはと思ふに、「よきのりものはありぬべけれど、かるがるしくはえ渡すまじきを何をかは」などのたまはする御氣色いかゞ見ゆらむ、いとゞ心づかひして侍ひ給ふ。さてうたせ給ふに三番にかずひとつ負けさせ給ひぬ。「ねたきわざかな」とて「まづ今日はこの花一枝ゆるす」とのたまはすれば、御いらへ聞えさせでおりておもしろき枝を折りて參り給へり。