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 「ながむれば山よりいでゝ行く月も世にすみわびて山にこそ入れ」。さまかはりてつひにいかならむとのみ危く行く末うしろめたきに、年頃何事をか思ひけむとぞとりかへさまほしきや。宵うち過ぎてぞおはしつきたる。みもしらぬさまに目も輝くこゝちする殿づくりの、三つば四つばなる中にひき入れて、みやいつしかと待ちおはしましければ、御車のもとに自ら寄らせ給ひておろし奉り給ふ。御しつらひなどあるべきかぎりして、女房のつぼねつぼねまで御心とゞめさせ給ひけるほどしるく見えて、いとあらまほしげなり。いかばかりのことにかと見え給へる御有樣の、俄にかく定まり給へば、おぼろげならずおぼさるゝことなめりと、世の人も心にくゝ思ひ驚きけり。中納言は三條の宮に、この廿よ日のほどに渡り給はむとてこの頃は日々におはしつゝ見給ふに、この院近きほどなれば、けはひも聞かむとて夜更くるまでおはしけるに、奉り給へるご前の人々かへり參りて有樣など語り聞ゆ。いみじう御心に入りてもてなし給ふなるを聞き給ふにも、かつは嬉しきものから、さすがに我が心ながらをこがましく胸うち潰れて「物にもがなや」と返す返すひとりごたれて、

 「しなてるやにほのみづうみに漕ぐ船のまほならねどもあひ見しものを」とぞいひくださまほしき。左のおほ殿は、六の君を宮に奉り給はむことこの月にとおぼし定めたりけるに、かく思ひの外の人をこの程よりさきにとおぼし顏にかしづきすゑ給ひて離れおはすれば、いと物しげにおぼしたりと聞き給ふもいとほしければ、御文は時々奉り給ふ。おん裳着のこと、世に響きて急ぎ給へるをのべ給はむも人わらへなるべければ、廿餘日に着せ奉り給