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へり。いと心はづかしげになまめきて、又この度はねびまさり給ひにけりと目も驚くまでにほひ多く、人にも似ぬ用意などあなめでたの人やとのみ見え給へるを、姬君は面影さらぬ人の御事をさへ思ひ出で聞え給ふに、いとあはれと見奉り給ふ。「つきせぬ御物語なども、今日はこといみすべくや」などいひさしつゝ、「渡らせ給ふべき所近く、この頃過ぐしてうつろひ侍るべければ、夜中曉とつきづきしき人のいひ侍るめる、何事の折にも疎からずおぼしの給はせば、世に侍らむかぎりは聞えさせうけ給はりて、すぐさまほしうなむ侍るを、いかゞはおぼし召すらむ。人の心さまざまに侍る世なればあいなくやなど、一方にもえこそ思ひ侍らね」と聞え給へば、「宿をばかれじと思ふ心深く侍るを、近くなどのたまはするにつけても、よろづに亂れ侍りて聞えさせやるべき方もなくなむ」と、所々いひけちて、いみじくものあはれと思ひ給へるけはひなど、いとようおぼえ給へるを、心からよそのものに見なしつるといとくやしく思ひ給へれど、かひなければそのよの事かけてもいはず、忘れにけるにやと見ゆるまでけざやかにもてなし給へり。御まへ近き紅梅の色も香もなつかしきに、鶯だに見すぐしがたげにうち鳴きて渡るめれば、まして春やむかしのと心を惑はし給ふどちの御物語にをりあはれなりかし。風のさと吹きいるゝに、花の香もまらうどの御にほひも、橘ならねどむかし思ひ出でらるゝつまなり。つれづれのまぎらはしにも世のうきなぐさめにも心とゞめてあそび給ひしものをなど心にあまり給へば、

 「見る人もあらしにまよふ山里にむかしおぼゆる花の香ぞする」。いふともなくほのかに