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はせの森のよぶこ鳥めいたりし世のことは殘したりけり。心のうちにはかく慰め難きかたみにも、げにさてこそかやうにあつかひ聞ゆべかりけれと悔しき事やうやうまさり行けど、今はかひなきものゆゑ、常にかうのみ思はゞあるまじき心もこそ出でくれ、誰がためにもあぢきなくをこがましからむと思ひはなる。さてもおはしまさむにつけても、誠に思ひうしろみ聞えむかたは又誰かはとおぼせば、御わたりの事ども心まうけせさせ給ふ。かしこにもよきわか人わらはなどもとめて人々は心ゆきがほに急ぎ思ひたれど、今はとてこのふしみをあらしはてむもいみじう心ぼそければ歎かれ給ふ事盡せぬを、さりとても又せめて心ごはく、堪へ籠りてもたけかるまじく、淺からぬ中の契も絕えはてぬべき御住ひをいかにおぼしえ給ふぞとのみ恨み聞え給ふも、少しはことわりなれば、いかゞすべからむと思ひ亂れ給へり。きさらぎのついたちごろとあれば、程近くなるまゝに花の木どものけしきばむも殘りゆかしく、峯の霞のたつを見すてむこともおのがとこよにてだにあらぬ旅寢にて、いかにはしたなく人わらはれなることもこそなど、萬につゝましく心ひとつに思ひ明し暮し給ふ。御ぶくもかぎりあることなれば脫ぎすて給ふに、みそぎも淺き心ちぞする。おやひと所は見奉らざりしかば戀しきこともおもほえず、その御かはりにもこの度の衣を深く染めむと心にはおぼしのたまへど、さすがにさるべきゆゑもなきわざなれば飽かず悲しきことかぎりなし。中納言殿より御車ごぜんの人々はかせなど、奉れ給へり。

 「はかなしやかすみの衣たちしまに花のひもとくをりも來にけり」。げにいろいろいと淸