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へる人の御文よりは、こよなくめとまりて淚もこぼるれば、返事かゝせ給ふ。

 「この春はたれにか見せむなき人のかたみにつめる峰のさわらび」。使に祿とらせさせ給ふ。いと盛ににほひ多くおはする人のさまざまの御物思ひに少しうちおも瘠せ給へるしも、いとあてになまめかしき氣色まさりてむかし人にもおぼえ給へり。並び給へりし折はとりどりにて更に似給へりとも見えざりしを、うち忘れてはふとそれかとおぼゆるまで通ひ給へるを、中納言殿の、からをだに留めて見奉るものならましかばと、朝夕に戀ひ聞え給ふめるに、同じくは見え奉り給ふ御すくせならざりけむよと、見奉る人々は口惜しがる。かの御あたりの人の通ひくるたよりに、御有樣は絕えず聞きかはし給ひけり。盡せずおぼゝれ給ひて新しき年ともいはず、いやめになむなり給へると聞き給ひてもげにうちつけの心淺さには物し給はざりけりと、いとゞ今ぞ哀も深く思ひ知らるゝ。宮はおはしますことのいと所せくありがたければ、京にわたし聞えむとおぼし立ちにたり。內宴など物騷しき頃すぐして、中納言の君、心に餘ることをも又誰にかは語らはむとおぼし侘びて兵部卿の宮の御方に參り給へり。しめやかなる夕暮なれば宮うちながめ給ひて端近くぞおはしましける。箏の御琴搔きならしつゝ例の御心よせなる梅の香をめでおはする。しづえを押し折りて參り給へるにほひのいとえんにめでたきを、折をかしうおぼして、

 「折る人の心にかよふ花なれやいろには出でずしたににほへる」とのたまへば、

 「見る人にかごとよせける花のえを心してこそ折るべかりけれ。わづらはしく」と戯ぶれ