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るほどなき世を、罪深くなおぼしないそ」とよろづにこしらへ給へど、「心地もなやましくなむ」とて、入り給ひにけり。人の見るらむもいと人わろくて歎きあかし給ふ。恨みむもことわりなるほどなれど、あまりに人にくゝもとつらき淚のおつれば、ましていかに思ひつらむと、さまざまあはれにおぼししらる。中納言のあるじがたに住みなれて、人々安らかによびつかひ人もあまたして、物參らせなどし給ふを、あはれにもをかしうも御覽ず。いといたう瘠せ靑みほれぼれしきまで物を思ひたれば、心苦しと見給ひて、まめやかにとぶらひ給ふ。ありしさまなどかひなきことなれどこの宮にこそは聞えめと思へど、うち出でむにつけてもいと心よわくかたくなしく見え奉らむにはゞかりてことずくなゝり。ねをのみ泣きて日數經にければ顏がはりのしたるも、見苦しくはあらでいよいよ物淸げになまめいたるを、女ならば必ず心うつりなむと、おのがけしからぬ御心ならひにおぼしよるもなまうしろめたかりければ、いかで人のそしりをもうらみをもはぶきて、京にうつろはしてむとおぼす。かくつれなきものからうちわたりにも聞し召して、いとあしかるべきにおぼしわびて、今日はかへらせ給ひぬ。おろかならず言の葉をつくし給へど、つれなきは苦しきものをとひとふしを思ひしらせまほしくて心とけずなりぬ。年のくれがたにはかゝらぬ所だに、空の氣色例には似ぬを、荒れぬ日なく降り積む雪にうち眺めつゝ明し暮し給ふ心地、つきせず夢のやうなり。御わざもいかめしうせさせ給ふ。宮よりも御誦經などこちたきまでとぶらひ聞え給ふ。かくてのみやは新しき年さへなげきすぐさむ、こゝかしこにも覺束なくて、閉ぢ籠り給へる