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で給ひて御物語などせさせ給ふけはひなどのいとあらまほしう、のどやかに心深きを、見奉る人々、若きは心にしめてめでたしと思ひ奉る。老いたるは口惜しういみじき事をいとゞ思ふ。「御心地の重くならせ給ひしことも、唯この宮の御事を思はずに見奉り給ひて、人わらへにいみじとおぼすめりしを、さすがにかの御かたには、かく思ふとしられ奉らじと唯御心ひとつに世を恨み給ふめりしほどに、はかなき御くだものをも聞しめしいれず、たゞよわりになむ弱らせ給ふめりし。うはべにはなにばかりことごとしく物深げにももてなさせ給はで、したの御心のかぎりなく、何事もおぼすめりしに、故宮の御いましめにさへ違ひぬることに、あいなう人の御うへをおぼし惱みそめしなり」と聞えて、折々にのたまひしことなど語りいでつゝ、誰も誰も泣き惑ふこと盡せず。我が心から、あぢきなきことを思はせ奉りけむことゝとりかへさまほしく、なべての世もつらきに、念誦をいとあはれにし給ひて、まどろむ程なくあかし給ふに、まだ夜深き程の雲のけはひいと寒げなるに、人々聲あまたして、馬のおときこゆ。何人かは、かゝるさ夜中にゆきをわくべきと、大とこたちも驚き思へるに、宮かりの御ぞにいたうやつれて、ぬれぬれ入り給ふなりけり。うちたゝき給ふさま、さなゝりと聞き給ひて、中納言はかくろへたる方に入り給ひて忍びておはす。御いみは日數殘りたりけれど、心もとなくおぼしわびて、夜一夜ゆきに惑はされてぞおはしましける。日ごろのつらさも紛れぬべき程なれど對面し給ふべき心ちもせず。おぼし歎きたるさまの恥しかりしを、やがて見なほされ給はずなりにしも、今より後の御心あらたまらむはかひなかるべく思