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けぬると見ゆるを、いとゞぬらしそへつゝながめ給ふさま、いとなまめかしう淸げなり。人々のぞきつゝ見奉りて、「いふかひなき御事をばさるものにて、この殿のかく見習ひ奉りて、今はとよそに思ひ聞えむこそあたらしう口惜しけれ。思の外なる御すくせにもおはしけるかな。かく深き御心の程を、かたかたに背かせ給へるよ」と泣きあへり。「この御方には、昔の御かたみに今は何事も聞え承らむとなむ思ひ給ふる。うとうとしくおぼし隔つな」と聞え給へど、萬の事うき身なりけりと物のみつゝましくて、まだ對面して物など聞え給はず。この君はけざやかなる方に今少しこめき、け高くおはするものから、なつかしうにほひある心ざまぞ劣り給へりけると、事にふれておぼゆ。雪のかきくらし降る日、ひねもすにながめくらして、世の人のすさまじきことにいふなる、しはすの月夜の曇りなくさしいでたるを、すだれ卷きあげて見給へば、向ひの寺の鐘の聲、枕をそばだてゝ、今日も暮れぬとかすかなるを聞きて、

 「おくれじと空ゆく月をしたふかなつひにすむべきこの世ならねば」。風のいとはげしければ蔀おろさせ給ふに、四方の山の鏡と見ゆる汀の水、月かげにいとおもしろし。京の家のかぎりなくとみがくも、えかうはあらぬはやとおぼゆ。僅にひき出でゝものし給はましかば諸共に聞えましと思ひつゞくるぞ、胸よりあまる心ちする。

 「戀ひわびてしぬるくすりのゆかしきに雪の山にや跡をけなまし」。なかばなる偈敎へむ鬼もがな、ことつけて身もなげむとおぼすぞ心ぎたなきひじり心なりける。人々近う呼びい