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物おぼえずなりにたるさまなれど、顏をばいとよくかくし給へり。「よろしきひまあらば、聞えまほしき事も侍れど、たゞ消え入るやうにのみなりゆくは口惜しきわざにこそ」といとあはれと思ひ給へるけしきなるに、いよいよせきとゞめ難くて、ゆゝしうかく心ぼそげに思ふとは見えじとつゝみ給へど、聲もをしまれず。いかなるちぎりにて限なく思ひ聞えながらつらき事多くて別れ奉るべきにか、少し憂きさまをだに見せ給はゞなむ思ひさますふしにもせむとまもれど、いよいよあはれげにあたらしくをかしき御有樣のみ見ゆ。かひななどもいと細うなりてかげのやうに弱げなるものから、色あひ變らず白う美くしげになよなよとして、白き御ぞどものなよびかなるに、ふすまを押しやりて、中に身もなきひゝなをふせたらむ心地して、御ぐしはいとこちたうもあらぬほどにうちやられたる、枕より落ちたるきはのつやつやとめでたうをかしげなるも、いかになり給ひなむとするぞと、あるべきものにもあらざめりと見るが惜しき事たぐひなし。こゝら久しくなやみてひきもつくろはぬけはひの、心とけず恥しげに、限なうもてなしさまよふ人にもおほうまさりてこまかに見るまゝに、たましひもしづまらむ方なし。「つひにうち捨て給ひては世にしばしもとまるべきにもあらず。命若しかぎりありてとまるべうとも深き山にさすらへなむとす。唯いと心苦しうて、とまり給はむ御事をなむ思ひ聞ゆる」と、いらへさせ奉らむとてかの御事をかけ給へば、顏かくし給ふ御袖を少し引きなほして「かくはかなかりけるものを、思ひぐまなきやうにおぼされたりつるもかひなければ、このとまり給はむ人を、同じ事と思ひ聞え給へとほのめかし