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にて、あはれ忍ばれ給はず、中の君せちにおぼつかなくて奧の方なる几帳のうしろにより給へるけはひを聞き給ひて、あざやかに居なほり給ひて「不經の聲はいかゞ聞かせ給ひつらむ。おもおもしき道には行はぬことなれど、たふとくこそはべりけれ」とて、

 「しもさゆる汀の千鳥うちわびてなく音悲しきあさぼらけかな」とことばのやうに聞え給ふ。つれなき人の御けはひにもかよひて、思ひよそへらるれど、いらへにくゝて、辨してぞ聞え給ふ。

 「あかつきの霜うちはらひなく千鳥物思ふ人のこゝろをやしる」。似つかはしからぬ御かはりなれどゆゑなからず聞えなす。かやうのはかなしごともつゝましげなるものから、なつかしうかひあるさまに取りなし給ふものを、今はとて別れなばいかなる心地せむと思ひ惑ひ給ふ。宮の夢に見え給ひけむさまおぼし合するに、かう心苦しき御有樣どもをあまがけりてもいかに見給ふらむと推しはかられて、おはしましゝ御寺にも御誦經せさせ給ふ。所々に御いのりの使出したてさせ給ふ。公にも私にも、御暇のよし申し給ひて、祭、祓よろづにいたらぬことなくし給へど、物の罪めきたる御病にもあらざりければ何のしるしも見えず。みづからもたひらかにあらむと佛をも念じ給はゞこそあらめ、猶かゝるついでにいかでうせなむ、この君のかくそひゐて殘なくなりぬるを、今はもてはなれむかたなし、さりとてかうおろかならず見ゆめる心ばへの、見おとりして、我も人も見えむが、心安からずうかるべきこと、もし命しひてとまらば、病にことつけてかたちをもかへてむ、さてのみこそ長き心をも