Page:Kokubun taikan 02.pdf/397

提供:Wikisource
このページは校正済みです

行くさき思ひ續けられてそひふし給へるさま、あてにかぎりなく見え給ふ。白き御ぞに、髮はけづることもし給はで程經ぬれど迷ふすぢなくうちやられて、日ごろに少し靑み給へるしもなまめかしさまさりて、ながめ出し給へるまみひたひつきのほども、見知らむ人に見せまほし。ひるねの君風のいと荒きに驚かされて起きあがり給へり。山吹薄色など花やかなる色あひに、御顏は殊更にそめにほはしたらむやうに、いとをかしうはなばなとして聊物思ふべきさまもし給へらず。「故宮の夢に見え給へる、いと物おぼしたるけしきにて、このわたりにこそほのめき給へれ」と語り給へれば、いとゞしく悲しさそひて、「うせ給ひて後、いかで夢にも見奉らむと思ふを、更にこそ見奉らね」とて二所ながらいみじう泣き給ふ。このごろ明暮思ひ出で奉れば、ほのめきもやおはすらむ、いかでおはすらむ處に尋ね參らむ、罪深げなる身どもにてと、後の世をさへ思ひやり給ふ。人の國にありけむ香の煙ぞいとえまほしくおぼさるゝ。いと暗うなるほどに、宮より御使あり。をりは少し物思ひ慰みぬべし。御方はとみにも見給はず。「猶心うつくしくおいらかなるさまに聞え給へ。かうてはかなうもなり侍りなば、これより名殘なき方にもてなし聞ゆる人もや出でこむとうしろめたきを、まれにもこの人の思ひ出で聞え給はむに、さやうなるあるまじき心つかふ人はえあらじと思へば、つらきながらなむ賴まれ侍る」と聞え給へば、「おくらさむとおぼしけるこそいみじう侍れ」と、いよいよ顏を引き入れ給ふ。「限あれば片時もとまらじと思ひしかど、ながらふるわざなりけりと思ひ侍るぞや。明日知らぬ世のさすがになげかしきも、誰がために惜しき命にか