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御忍びありき制せられ給ひて、內にのみ籠りおはしますこと、左の大臣殿の姬君をなむあはせ奉り給ふべかなるを、女方は年比の御ほいなれば、おぼし滯ることなくて、年の內にありぬべかなり。宮はしぶしぶにおぼして、うちわたりにもたゞすきがましき事に御心を入れて、みかどきさいの御いましめにしづまり給ふべくもあらざめり。我が殿こそ猶あやしう人に似給はず、あまりまめにおはしまして、人にはもてなやまれ給へ。こゝにかく渡り給ふのみなむ、めもあやにおぼろけならぬことゝ人申す」などかたりけるを「さこそいひつれ」など人々の中にて語るを聞き給ふにも、いとゞ胸ふたがりて、今はかぎりにこそあなれ、やんごとなき方に定まり給はぬほどの、なほざりの御すさびにかくまでおぼしけむを、さすがに中納言などの思はむ所をおぼして、言の葉のかぎり深きなりけりと思ひなし給ふに、ともかくも人の御つらさは思ひ知られず、いとゞ身の置所なき心地して、しをれふし給へり。よわき御心ちは、いとゞ世に立ちとまるべうもおぼえず、恥しげなる人々にはあらねど、思ふらむところ苦しければ聞かぬやうにてね給へるを、姬君、物思ふ時のわざと聞きしうたゝねの御さまの、いとらうたげにて、かひなを枕にてね給へるに、御ぐしのたまりたる程など、ありがたう美くしげなるを見やりつゝ、親の諫めし言の葉も、返す返す思ひ出でられ給ひて悲しければ、罪深くなる底にはよもしづみ給はじ、いづくにもいづくにもおはすらむ方にむかへ給ひてよ、かういみじく物思ふ身どもをうちすて給ひて、夢にだに見え給はぬよと思ひ續け給ふ。夕暮の空の氣色いとすごくしぐれて、木の下吹きはらふ風の音などたとへむかたなく、きしかた