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 「若草のねみむものとは思はねどむすぼゝれたるこゝちこそすれ」。お前なりつる人々は、この宮をば殊にはぢ聞えて物のうしろにかくれたり。ことしもこそあれ、うたて怪しとおぼせば、物ものたまはず。ことわりにてうらなくものをといひたる姬君も、ざれてにくゝおぼさる。紫のうへのとりわきてこの二所をばならはし聞え給ひしかば、あまたの御中に隔なく思ひかはし聞え給へり。世になくかしづき聞え給ひて、さぶらふ人々もかたほに少しあかぬ所あるははしたなげなり。やんごとなき人の御むすめなどもいと多かり。御心のうつろひやすきは、珍しき人々にはかなく語らひつきなどし給ひつゝ、かのわたりをおぼし忘るゝ折なきものから、音づれ給はで日ごろ經ぬ。待ち聞え給ふ所は、絕間遠き心ちして、猶かうなめりと心ぼそうながめ給ふに、中納言おはしたり。なやましげにし給ふと聞きて、御とぶらひなりけり。いと心ち惑ふばかりの御惱みにもあらねど、ことつけて對面し給はず。「驚きながら遙けき程を參り來つるを、猶かのなやみ給ふらむ御あたり近く」とせちに覺束ながり聞え給へばうち解けてすまひ給へる方のみすの前に入れ奉る。いとかたはらいたきわざと苦しがり給へど、けにくゝはあらで、御ぐしもたげ御いらへなど聞え給ふ。宮の御心も行かで、おはし過ぎにし有樣など語り聞え給ひて、「のどかにおぼせ。心いられしてな恨み聞え給ひそ」など敎へ聞え給へば、「こゝにはともかくも聞え給はざめり。なき人の御いさめは、かゝる事にこそと見侍るばかりなむいとほしかりける」とて泣き給ふ氣色なり。いと心苦しう、我さへ恥しき心ちして「世の中はとてもかくてもひとつざまにてすぐす事難くなむ侍るを、いか