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を、いと飽かぬ心地すれば、「いかにこよなう隔たりて侍るめれば、いとわりなうこそ」などよろづに恨みつゝ、ほのぼのと明けゆくほどに、よべの方より出で給ふなり。いとやはらかにふるまひなし給へるにほひなど、えんなる御心げさうにはいひしらずしめ給へり。ねび人どもはいとあやしく心え難く思ひ惑はれけれど、さりともあしざまなる御心あらむやはと慰めたり。暗き程にと急ぎ歸り給ふ。道の程もかへるさはいと遙けくおぼされて、心安くもえ行き通はざらむことの、かねていと苦しきを、夜をや隔てむと思ひ惱み給ふなめり。まだ人さわがしからぬ朝の程におはしつきぬ。廊に御車よせており給ふ。ことやうなる女車のさましてかくろへ入り給ふに、皆わらひ給ひて、「おろかならぬ宮仕の御志となむ思ひ給ふる」と申し給ふ。しるべのをこがましさをば、いと妬くてうれへも聞え給はず。宮はいつしかと御文奉り給ふ。山里には誰もたれもうつゝの心地し給はず思ひ亂れ給へり。樣々におぼしかまへけるを、色にも出し給はざりけるよとうとましうつらく姉君をば思ひ聞え給ひて、目も見あはせ奉り給はず。知らざりしさまをも、さはさはとはえあきらめ給はで、ことわりに心苦しく思ひ聞え給ふ。人々もいかに侍りしことにかなど、御氣色見奉れど、おぼしほれたるやうにてたのもし人のおはすれば、あやしきわざかなと思ひあへり。御文もひきときて見せ奉り給へど、更に起きあがり給はねば、「いと久しくなりぬ」と御つかひわびけり。

 「世のつねに思ひやすらむ露ふかき道のさゝ原わきてきつるも」。書きなれ給へる墨つきなどのことさらにえんなるも、大かたにつけて見給ひしは、をかしうおぼえしを、後めたう物