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ぞと夢のやうにあさましきに、後の世のためしにいひいづる人もあらば、昔物語などに殊更にをこめきて作り出でたるものゝたとひにこそはなりぬべかめれ。かくおぼしかまふる心のほどをも、いかなりけるとかは推し量り給はむ。猶いとかくおどろおどろしう心憂くなとりあつめまどはし給ひそ。心よりほかにながらへば少し思ひのどまりて聞えむ。心地も更にかきくらすやうにていとなやましきを。こゝにうちやすまむ。許し給へ」といといみじく佗び給へば、さすがにことわりをばいと能くのたまふが心恥しくらうたくおぼえて、「あが君、御心に從ふことの類ひなければこそかくまでかたくなしくなり侍れ。いひしらずにくゝ疎ましきものにおぼしなすめれば、聞えむ方なし。いとゞ世に跡とゞむべくなむおぼえぬ」とて、「さらばへだてながらも聞えさせむ。ひたぶるになうちすてさせ給ひそ」とて、許し奉り給へれば、はひいりてさすがに入りもはて給はぬを、いとあはれと思ひて、「かばかりの御けはひをなぐさめにて、明し侍らむ。ゆめゆめ」と聞えてうちもまどろまず。いとゞしき水の音に目もさめて、夜半の嵐に山鳥の心ちして明しかね給ふ。例の明け行くけはひに鐘の聲など聞ゆ。いぎたなくて出で給ふべき氣色もなきよと、心やましくこわづくり給ふも、げにあやしきわざなり。

 「しるべせし我やかへりて惑ふべきこゝろもゆかぬあけぐれの道。かゝるためし世にありけむや」とのたまへば、

 「かたかたにくらすこゝろを思ひやれ人やりならぬ道にまどはゞ」とほのかにのたまふ