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る心ばへなどいとあはれなり。宮は敎へ聞えつるまゝに、一夜の戶口によりて扇を鳴し給へば、辨も參りて導き聞ゆ。さきざきもなれにける道のしるべ、をかしとおぼしつゝいり給ひぬるをも、姬君は知り給はでこしらへいれてむとおぼしたり。をかしうもいとほしくもおぼえて、うちうちに心も知らざりける恨みおかれむも罪さり所なき心地すべければ、「宮の慕ひ給ひつれば、え聞えいなびて、こゝにおはしつる。音もせでこそ紛れ給ひぬれ。このさかしだつめる人や、かたらはれ奉りぬらむ。なかぞらに人わらへにもなり侍りぬべきかな」とのたまふに、今少し思ひよらぬことの、めもあやに心づきなうなりて、「かうよろづに珍らかなりける御心の程を知らで、いふかひなき心をさなさも見え奉りにけるをこたりに、おぼしあなづるにこそは」といはむ方なく思う給へり。「今はいふかひなし。ことわりは返す返す聞えさせても、あまりあらばつみもひねらせ給へ。やんごとなき方におぼしよるめるを、すくせなどいふめるもの更に心にかなはぬものに侍るめれば、かの御志はことに侍りけるをいとほしく思ひ給ふるに、かなはぬ身こそおき所なく心憂く侍りけれ。猶いかゞはせむにおぼしよわりね。このみさうじのかためばかりいと强きも、誠に物淸く推し量り聞ゆる人も侍らじ。しるべといざなひ給へる人の御心にも、まさにかく胸ふたがりて明すらむとはおぼしなむや」とてさうじをも引き破りつべき氣色なれば、いはむ方なく心づきなけれどこしらへむと思ひしづめて、「こののたまふすくせといふらむ方は目にも見えぬことにて、いかにもいかにも思ひたどられず、しらぬ淚のみきりふたがる心地してなむ。こはいかにもてなし給ふ