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うの人の家にいと忍びて宮をばおろし奉り給うておはしぬ。見咎め奉るべき人もなけれど、殿居人は僅に出でありくにも、氣色しらせじとなるべし、例の中納言殿おはしますとてけいめいしあへり。君だちなま煩はしく聞き給へど、うつろふ方ことににほはし置きてしかばと姬君はおぼす。中の君は思ふ方ことなめりしかばさりともと思ひながら、心憂かりし後はありしやうに姉君をも思ひ聞え給はず、心おかれて物し給ふ。何やかやと御せうそこのみ聞え通ひていかなるべき事にかと人々も心苦しがる。宮をば御馬にて、暗きまぎれにおはしまさせ給うて、辨召し出でゝ、「こゝもとに唯一言聞えさすべきことなむ侍るを、おぼし放つさま見奉りてしに、いと恥しけれどひたやごもりにてえやむまじきを、今しばしふかしてを、ありしさまには導き給ひてむや」など、うらもなく語らひ給へば、いづかたにも同じ事にこそはと思ひて參りぬ。さなむと聞ゆれば、さればよ思ひ移りにけりと嬉しくて、心おちゐて、かの入り給ふべき道にはあらぬ廂のさうじをいとよくさして對面し給へり。「一言聞えさすべきが又人聞くばかりのゝしらむはあやなきを、いさゝかあけさせ給へ。いといぶせし」と聞え給へど、「かくてもいとよく聞えぬべし」とて、あけ給はず。今はとうつろひなむをたゞならじとていふべきにや、何かは例ならぬ對面にもあらず、人にくゝいらへで、夜もふかさじなど思ひてかばかりも出で給へるに、障子のなかより御袖をとらへて引きよせていみじううらむれば、いとうたてもあるわざかな、何に聞きいれつらむとくやしうむつかしけれど、こしらへて出してむとおぼして、こと人と思ひわき給ふまじきさまにかすめつゝ語らひ給へ