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つるを、今夜なむ誠に恥しく身も投げつべき心ちする。捨てがたくおとし置き奉りたまへりけむ心苦しさを思ひ聞ゆる方こそ、又ひたぶるに身をもえ思ひ捨つまじけれ。かけかけしきすぢは、いづかたにも思ひ聞えじ。憂きもつらきも、かたがたに忘られ給ふまじくなむ。宮などの恥しげなく聞え給ふめるを、同じくは高くと思ふ方ぞ殊に物し給ふらむと心得はてつれば、いとゞことわりに耻しくて又參りて人々に見え奉らむこともねたくなむ。よしかくをこがましき身の上、また人にだに洩らし給ふな」とゑんじ置きて、例よりも急ぎ出で給ふ。「誰が御ためもいとほしく」とさゝめきあへり。姬君もいかにしつることぞ、もしおろかなる心も物し給はゞと、胸つぶれて心苦しければ、すべてうちあはぬ人々のさかしらをにくしとおぼす。さまざま思う給ふに、御文あり。例よりは嬉しとおぼえ給ふもかつはあやし。秋の氣色も知らずがほに、靑き枝のかたえは、いとこくもみぢしたるを、

 「おなじえをわきてそめける山姬にいづれかふかき色ととはゞや」。さばかり恨みつる氣色もなくことずくなにことそぎておしつゝみ給へるを、そこはかとなくもてなして止みなむとなめりと見給ふも心さわぎて、耳かしがましう「御かへり」といへは、聞え給へとゆづらむもうたておぼえて、さすがに書きにくゝ思ひ亂れ給ふ。

 「山姬のそむるこゝろはわかねどもうつろふ方やふかきなるらむ」。ことなしびに書き給へるがをかしく見えければ、猶えゑんじはつまじくおぼゆ。身をわけてなどゆづり給ふ氣色は度々見えしかど、うけひかぬにわびてかまへ給へるなめり、そのかひなくかくつれなから